Chiezaru’s diary

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日曜日の映画


【 鑑賞する女性 】- 写真家ウィリアム・クライン展にて
Olympus E-30 + Olympus Zuiko Digital 12-60mm f/2.8-4 ED SWD

最近休みが少なめだったので昨日は骨休めの一日に充てた。
朝は11時まで寝て、マイペースに過ごす。
少し面倒だったので韓国のインスタントラーメン「辛ラーメン」をダブルで。
そのまま作っても面白みが無いから、玉ねぎ、白菜、しし唐、ニンジンなどを短冊に切ってそれを30分煮て旨味を出してそのだし汁で作る。
仕上げにわかめと味噌少々を加えて出来上がり。

昼食をとりつつ、フェリーニの「8 1/2」(1963年公開モノクロ)を鑑賞。

「8 1/2(オット・エ・メッツォ)」。邦題は「はっか にぶんのいち」と読むらしい。ずっと「はちと にぶんのいち」だと思っていた。
観るのは確か今回で3度目。
相変わらず難敵だ。
漠然と観ているとほぼ理解不能。
ストーリーに論理だった筋はない。

3度目にしてやっと気づいたのは、この作品映画監督の視点から観るといろいろ見えてくるというところ。
フェリーニ自身を仮託した映画監督には作りたいストーリーがあり、それを映像化、作品化してゆくむづかしさに躓き、精神的に追い詰められてゆく話。

想像と現実が交錯し、ディテールを煮詰めるほどに映画の完成から遠ざかってゆく歯がゆさと焦り、自身への失望、無力感が綴られてゆく。

起承転結も無ければクライマックスも無い。
が、観客は映像に捕まって最後まで観てしまう。

大人の映画だ。
毎回思うがフェリーニを見るのには知力と体力を動員させなくていけない。
さらっと暇つぶしには見られない難物だ。

映画後は昼寝。
夕方起きて家の掃除をした。
掃除機をかけてモップがけ。トイレの掃除。

小学校の時の宿題と同じで、やり始めるまで逡巡するが、始めてしまえば、後はシステマティックに進めるだけ。
全てやり終わった後の爽快感はランニングのあとのそれに少し似ている。