Chiezaru’s diary

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ノルウェイの森


【 天使像 】
Olympus E-5 + Olympus Zuiko Digital 12-60mm f/2.8-4 ED SWD

映画「ノルウェイの森」を見る機会が出来たので鑑賞。

書くべき事はあまり無い。
一言でいうならばこの数年のうちに見たガッカリ映画ベスト3の一作だろうなというところ。とはいっても簡単にほか二作が挙げられないから、言い様によってはベストワンにしてもさほど誤差はないように思う。

まず前半のつかみが悪い。
小説「ノルウェイの森」のファンだったら最初の15分で劇場を出たという人がいても理解できる。そしてそういう人はきっとすごく怒っていただろうなと思う。それはそれで合点がいく。

そもそも「ノルウェイの森」という作品は大人になったワタナベの回想によって綴られるストーリーだ。時を経て熟成された物語のはずなのに、映画は時代設定だけ合わせてだけで現在進行形的に出来上がっている。
小説中だとワタナベがルフトハンザ機のなかでビートルズの「ノルウェイの森」を聞いているから、そのあと物語の中に出てくる「ノルウェイの森」に意味が付与されるのに、この映画だとそもそもタイトルの意味が全くかすんでしまう。タイトルの必然性がこの作品には無い(興行的にはもちろん必須なわけだが)。

ストーリー展開にしても、小説の中のキープロットだけを杭撃ちしたようにスポット的に盛り込んでいるがその間をつなぐ伏線も、情緒も欠落していて、小説を読んだ人ならばともかく、映画だけ観た人には全く筋が分からないだろう。想像力で補える範囲を超えた省略だ。作り手の不親切で独りよがりを指摘したくなる。
作品の性質上、際立ったエンターテイメントにはならないのだから、ちゃんと練って作るべきだったのではないか。2時間であの物語を語るのには無理がある。ならばもっとデフォルメしてその時間内に凝縮させて観られるものにするか、3.5時間かけてもっと原作に忠実な空気を作るかどちらかにして欲しかった。
とはいえ、どちらにせよ監督が原作をちゃんと読めていないような印象だから無理な注文なのかもしれない。

全体を覆う静的な哀しみは、棒読みのせりふをやり取りすることで醸す。
一番安易なやり方。あれだったら素人の監督が撮ればそれでよかったんじゃないかとさえ思えてしまう。

菊池凛子の演技を見ていて彼女なりに直子という登場人物を理解し表現しようとしていたところには好感が持てた。ワタナベは外見的にははまり役だったと思う。役者の力量は分からない。楽な演技だったのでは無いだろうか。ミドリは最初の登場シーンで声を聴いたときに一瞬いいかなと思ったけれど、その後の展開では小説のミドリとは別物。彼女の方がじつは直子役に向いていたんじゃないかとさえ思えるほど健康的には見えなかった。

ぶつくさ書いても面白くないので終わり。

昨日はもう一本、「ザ・ファイター」(2010年アメリカ公開)も観た。
こちらは良く出来た作品。
ボクサー、実話に基づいたミッキー・ウォードの半生のドラマ。
マーク・ウォールバーグ主演。
この作品で主人公の異父兄ディッキー・エクランド役のクリスチャン・ベールが助演男優賞を勝ち取ったが、頷ける。

バッドマン役で出ていた彼はどちらかというと嫌いな役者だったが「プレステージ」を観てから少し印象が変り、今回で絶賛。幅の広い演技の出来る有能な役者なんだなと良くわかった。意外とコメディーに出たら光るんじゃないかと思ったりする。