
【 クリスマスシーズンのローマ 2025 - ローマ、ナヴォーナ広場】
Olympus OM-D E-M1 Mark II+Olympus Zuiko Digital ED 12-60mm f/2.8-4.0 SWD with mount adaptor MMF-2
毎年12月、クリスマスシーズンにぼ決まったルートを歩いて定点観測的にローマの風景をスナップするようなったのだけど、随分やってるなあと思って、いつから始めたのだろうかと日記を振り返ってみたら、撮ったものを一、二枚ずつの単発で日記に添えて載せていたのが2010年で、一連のスナップ集でアップしだしたのが2013年だった。
ということで今年で15年目。ずいぶん続けたものだと思う反面、意外とまだそんなものだったかと物足りない感じだったりもしたり。始めた当時は出発点がコロッセオだったのを覚えている。いつのころからかコロッセオにはツリーが置かれなくなってしまったせいで、ヴェネツィア広場からスタートするようになった。
あの頃は気合が入っていて、距離レンジをカバーするためにカメラを2~3台持ち出して、さらに三脚もつかっていたからかなりの重装備だったことを思い出す。近年暖冬が続いていて手がかじかむことがなくなったけれど、あの頃は指が冷えて感覚がなくなるほど寒くて、シャッターを押しているのかよくわからなくなるくらい寒かった。
近年カメラ熱はすっかり冷めてしまって、旅行に行くときでも基本的にスマートフォンで済ますようになってしまったのだけど、12月のこのシリーズだけはちゃんと一眼を持ち出すことにしている。正直ちょっと面倒臭いとも思いながら、とはいえここまで続けてきたのだから止めるのには気が引けて、継続してきた自分自身に背中を押されてか(近年はそうでもないけど)寒空の下、ローマの中心を歩いて、同じ場所場所をスナップする。今年は時間に押されているのでLightroomでの微調整は無し。まとめてサイズだけ小さくして、透かしを入れただけの撮って出し。
相変わらずヴェネツィア広場は工事中で全く風物にならないのでキャンセル。
先日用事があってにツリーが置いてあったのを見たので、今年のルートはスペイン広場がスタート地点。
仕事のあとメトロA線でスパーニャ駅まで行ってスペイン階段下に出て、階段を上ってトリニタ・デーイ・モンティ教会、そこからはポポロ広場⇒コルソ通り⇒コロンナ広場⇒ヴィットーリオ・エマヌエーレ二世通り⇒ナヴォーナ広場⇒ゴヴェルノ・ヴェッキョ通り⇒カステル・サンタンジェロ(聖天使城)⇒コンチッラツィオーネ通り⇒ヴァチカン、サン・ピエトロ広場の順で。全行程歩いて2時間弱。
グーグルマップではこんな感じで
https://maps.app.goo.gl/cU2NJe3fN3gmeqmH7

ポポロ広場の上にあるピンチョの丘の展望台まで登ったところからスタート
(以下全て Olympus OM-D E-M1 Mark II+Olympus Zuiko Digital ED 12-60mm f/2.8-4.0 SWD with mount adaptor MMF-2で撮影)
スペイン広場
階段を上って上から見渡すスペイン広場

ピンチョのまで歩き、ポポロ広場を見下ろして

ピンチョから下りながら

ポポロ広場に降りて


例年と同じルートで双子の教会からコルソ通りへ

ローマの冬の風物詩、路肩の焼き栗屋

コルソ通り沿い、フェンディ ローマ本店のデコレーションは去年に比べて簡素に

交差するブランド店の並ぶコンドッティ通り。今年は人が例年より多い気がする

コルソ通り沿い

コルソ通り沿い、コロンナ広場から

例年とは違いパンテオンに向かうことにして、その途中の教会。今年はあちこちにツリーがある印象

パンテオン

パンテオンの中も混雑

パンテオンからコルソ・ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世通りに抜ける小道も例年よりデコレーションに力が入っている感じ

ここは必ず撮る定番の宝石店



ナヴォーナ広場到着


ここも、そこそこの人出


ナヴォーナ広場からヴァチカンへ向かう途中、カステル・サンタンジェロ(聖天使城)

カステル・サンタンジェロ(聖天使城)の前に架かるポンテ・サンタンジェロからテヴェレ川とヴァチカン、サン・ピエトロ大聖堂のキューポラ

サンタンジェロからヴァチカンへ


ヴァチカン市国、サン・ピエトロ広場


今年のプレセーペ(キリスト降誕再現シーン)

例年のごとく、クリスマス前なので赤子のキリストはまだ不在

ここ数年、クリスマスシーズンのローマとヴァチカンはパッとしない印象が強かったけれど、街に繰り出している人も多く活気を感じた。ただ不思議なのは今年の12月のローマの宿泊業は例年以下の集客で、そのギャップが今一つ理解不能だったりする。
外国人観光客より日帰りや、高くつく市内中心の宿泊を避けたイタリア人が多いのかもしれない。
